クリント・イーストウッドが好きで、彼の監督・主演した作品のレビューをしています。今回は2008年に公開された「チェンジリング」です。
イーストウッド監督とアンジェリーナ・ジョリーという意外な組み合わせが、話題になりました。
「チェンジリング」は難解です。結末が難解なんです。決してハッピーエンドではありません。クリスティン(A・ジョリー)の大切な息子はとうとう戻ってきません。
しかし彼女は映画の最後の場面では、希望を胸に街へ出かけていきます。そして画面には「彼女は生涯、我が子を捜しつづけた。」
彼女はなぜ、これほど翻弄されなくてはならなかったのか。この悲しくも数奇な女性の話(これは本当にあった話です)を、どうしてイーストウッド監督は選んだのか。
彼女は大切な一人息子を奪われ、しかも本来味方である警察によって苦しめられました。当時のロス市警は、自分たちに都合の悪い人間を弾圧していました。
市警という巨大な組織の前ではとてもちっぽけな一人の女性。しかし彼女は必死に戦いました。体制に挑む孤独な主人公です。
まるでかつてのイーストウッド自身が演じてきたような役柄です。この実話にイーストウッドは感銘し、映画化しました。
それでも母が持ち続けた希望。「息子は生きている。」
「チェンジリング」の主人公クリスティンは、クリント・イーストウッド監督作品の中でも特にちっぽけな存在です。
彼女は(というか女主人公というのが珍しいんですが)腕力もないし、銃を使いこなしたりもできません。
電話会社に勤めています。そして息子を一人で育てるシングルマザーです。しかし彼女が戦い、そしてついにやっつけた敵は超巨大でした。
当時(1920年代)強権で市民を脅かしていたロス市警を弾劾し、大量殺人鬼を死刑台に送りました。
「息子は生きている」とクリスティンは初めからずっと主張してきました。彼女の中には常に希望がありました。
彼女の夫は子供ができたとたんに、責任をほっぽり出して出ていきました。だから私が育てるのよ、というこの責任感。
彼女はたった一人で闘い、その姿勢が多くの人に伝染しました。牧師を動かし、超優秀な弁護士を動かしました。
チャップリンの映画を見に行く、桟橋を散歩するといった息子との小さく美しい約束が消えることはありません。彼女の希望は強く、誰にも傷つけることができません。
【チェンジリングの闇】クリスティンを苦しめたロス市警の魔の手。
養鶏場の児童の誘拐殺人の凶悪さはさることながら、クリスティンを苦しめたのは当時の腐敗したロス市警です。
彼らは権力にものを言わせて、自分たちに都合の悪い人間を消していました。彼らは市警に立てついた者を封じ込めるため、精神病院まで用意してあります。
クリスティンはなにも信用できなくなります。また当時は女性の社会進出が始まったころで、まだ男に舐められていたというのもあります。
市警がクリスティンのために、といって派遣してきた医者の不気味さといったらありません。近所にクリスティンの悪口を言いふらしていく気持ち悪さ。
そのような状況でロス市警と闘うクリスティンにとっては、ブリーグレブ牧師だけが頼もしい存在でした。
・・・この好印象な人物をジョン・マルコヴィッチが演じています。イーストウッドは「シークレットサービス」で共演して以来、ずっと彼と再び仕事がしたかったんです。
「チェンジリング」に込めた、イーストウッド監督のメッセージとは。
単純にクリント・イーストウッドとアンジェリーナ・ジョリーのタッグが実現したことがすごいです。
まさに、起こるまでは起こるはずないと思われていたことです。この「チェンジリング」まで、この二人はまるで水と油のように思ってたんですが。
息子のために巨大な的に立ち向かった母親を演じたアンジェリーナ・ジョリー。これはイーストウッドが昔からずっと演じてきたヒーロー像に他ならないんです。
「チェンジリング」でイーストウッドは、昔から俳優として自分が何度も伝えてきたことを監督として再現しました。
イーストウッド監督作品の中でもとくに「チェンジリング」という作品は、監督としてのイーストウッドの存在を感じます。
イーストウッドが脚本で感銘を受けたのは、1920年当時のロス市警の腐敗や養鶏場の殺人鬼のことではなく、闘った一人の母親のことです。
息子の生存を信じ、巨大な敵と戦い抜いた一人の母親の存在。最初から最後まで彼女を突き動かしたものを、イーストウッドはこの映画で伝えたかったのです。
彼女が生涯信じ続けた、「息子は生きている」という希望です。
まとめ:「チェンジリング」はハッピーエンドでした。
クリスティンが息子が生きているという【希望】を見つけた、というのは決して夢物語ではありません。このストーリーには現実感があります。
「チェンジリング」の物語はすごく現実的な細部にあふれていて、これはイーストウッド監督のこだわりだったんです。
クリスティンが信じがたい運命の中で、現実感を失わないようにそうしたんです。
クリスティンは精神病院に入れられても正気を保ちました。その中で友達になった人も正気でした。
そもそも息子と離れ離れになったきっかけは、急に仕事を休んだ同僚の代わりにシフトに入ったことでした。
こんなささいな現実で息子と離れ離れになったのなら、同じようにささいな現実が息子を返してくれることだってあるはずです。
だからクリスティンは元通りに、電話会社の仕事に戻り働きます。そしてついに最後に希望を手に入れたのでした。
今はカメラの後ろにいることの方が多いです。クリント・イーストウッドの本「同時代を生きる英雄」。
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