「許されざる者」のあの冒頭と最後のナレーションが流れるシーンについて見ていくよ。
「クローディアのテーマ」。
あそこで流れてる音楽はイーストウッド自身が作曲したものです。「クローディアのテーマ」。主人公マニーの奥さんのことですね。
やさしく切ない曲調です。無くなった奥さん(クローディア)をウィリアム マニーが思い出すとき、こういう切ない感情になるんでしょうね。
アカデミー賞でグランプリに選ばれたら、会場でその作品のテーマ曲が流れるんです。「許されざる者」はアカデミー賞を獲ったのですが、その際この「クローディアのテーマ」が華やかなオーケストラバージョンで流れてました。
「許されざる者」のテーマカラー。
あの画面、冒頭のナレーションが映し出されるところです。あそこはかっこよくて、渋くて、うわーアカデミー賞作品観てるなという気になります。あそこだけ、本編とは別の世界観になっていて。
影絵みたいなんですね。画面の下半分が真っ黒になってて、最後はここにキャストの文字とかが入りますよね。
で、上半分が、夕暮れのようなオレンジ色の背景で、そこにイーストウッドの姿と動作が描かれています。(実は最初のシーンは、奥さんをお墓に埋葬するところだった。)
このオレンジ、正確にはちょっと暗めのオレンジ色なんですが、この色が「許されざる者」のテーマカラーなのかなと思います。
最初と最後にこのカットがあることでどうしてもその印象になります。そして、ストーリーの中で野蛮なことがおこるのは、たいていビッグ・ウィスキーという町にある建物の中なのですが、このときもオレンジ色の照明が使われているんです。(まあ当時のありふれた室内の灯りの色なのかもしれないですが)
「許されざる者」はウィリアムマニーが目的地ビッグ・ウィスキーを目指す旅の筋と、そのビッグ・ウィスキーで平行して起こる陰惨な出来事とが、入れ替わり立ち替わりに描かれます。
マニーの旅のシーンは意外に爽やかで、空や山、川といった大自然の風景が印象的です。それに対して、暗い夜の中オレンジ色の照明の中、起こるビッグ・ウィスキーでの出来事は、まるでホラー映画のようです。
実際、「許されざる者」で最初のナレーション部分がなく、いきなりビッグ・ウィスキーでのシーンから始まったら、知らない人はホラー映画かと思うのではないでしょうか。流れてる音楽もかなり怖いです。
後から気づくのですが、この暗いオレンジ色は、酒の比喩なのではないでしょうか。酒は今作品のキーアイテムともいえるもので、ウィスキーや、それが入った酒瓶というのは暗く濁ったオレンジ色をしています。
だからかなり作為的ですが、美しい大自然の風景と暗いビッグ・ウィスキーのシーンとのギャップと揺さぶりは、ウィリアム マニーの二面性を象徴しているわけです。常に殺人へのトリガーはそばにあったわけです。
奥さんへの想いから清い生活を貫こうとする自分と、本性は残忍な殺人者である自分との対比です。
プロローグ検証。
今思えば、このナレーションはかなり説明的です。これのおかげで設定をわかりやすく理解できます。このナレーション、特に後日談のほうは蛇足だ、というレビューも目にしますが、自分は初見の際、あの最後のナレーションで感動した記憶があります。
これは完全に妄想なんですが、まるで去っていったスコフィールド・キッドが語り部となっているような感覚を受けました。実際はありえないことでしょうが。
これは、画面に本来は英語の文章が出されています。自分が思うに、作中でイギリスから来た伝記作家がいましたが、後日あの人が書いた、と考えるのもありなのか。
イーストウッドは、ピープルズの脚本を気に入って、変更は加えていないらしいですが、この冒頭と最後の、いわば導入と後日譚は、映画用に付け加えたものです。
たしか自分は「許されざる者」を一番最初に観たときは、この文章が音声ナレーションだった記憶があり、だから吹き替え版だったのかも。
今回、いい機会なので「許されざる者」の冒頭のプロローグと結末のエピローグ、この二つを引用して下に置いています。
自分はブルーレイを持ってるんですけど、①もともとスクリーンに描かれてる英字の文章、②日本語字幕を選んだとき表示されるもの、③日本語吹き替え版で聴こえてくるのを自分が文字に起こしたもの、これら3つずつ見ていけるようにしました。
まずプロローグ。英字の文章がこれでした。
She was a comely young woman and not without prospects.
Therefore it was heartbreaking to her mother that she would enter into marriage with William Munny, a known thief and murderer, a man of notoriously vicious and intemperate disposition.
When she died, it was not at his hands as her mother might have expected, but of smallpox.
That was 1878.
[Unforgiven]
次にこれの日本語字幕です。
若く美しい娘クローディアは母の意に背きウィリアム マニーと結婚した。
マニーは人殺しで酒浸りの残忍な札付きの悪党であった。
だが母の心配とは逆に美しい娘は天然痘で病没した。
1878年のことだった。
「許されざる者」日本語字幕
次に吹き替えを文字に起こしてみました。
若く美しい彼女ならどんな結婚でも望めたはずだ。だから彼女がウィリアム マニーと結婚したとき、母親はどんなに嘆いたことだろう。
なにしろマニーは悪名高い強盗で殺人者、極めつきの残忍な悪党。
しかし若い彼女は夫には殺されず、天然痘で死んだ。
1878年のことであった。
「許されざる者」吹き替え
結構この吹き替えで読み上げてる人の声が良くて。誰なのでしょう。
この文章を並べて比較してる人間なんているのかな、と思いつつ。ただ「許されざる者」はテーマが重厚で、見返すうちに新たに気づいたり発見することも多いです。味が出てくるスルメ映画・・・
ジーン・ハックマンの演じた立場、キャラクターも中々屈折してて、人間臭いのですが、物語の中ほどで檻の中のイングリッシュ・ボブに銃を手渡させようとしたシーン、結局ボブは手に取らなかったのですが、それに対して日本語字幕だと
「銃を手に取ったら死んでたぞ」
で、吹き替えでは
「もし銃を取っていたら、殺していたよ」
と言うんですね。この違いで実はすごいリトルビル(ジーン・ハックマンが演じる保安官)への印象が変わるんですよね。吹き替えのほうがまだ優しさがあるかな?と。
おまけに吹き替えを担当した声優さんの声質も関わってきて。
このナレーションも、言い回しでけっこう印象が違うんですよね。それぞれ好きなとこと、微妙なとことがあります。みなさんはどうでしょうか。
エピローグ検証。
では、英語のものです。
Some years later, Mrs. Ansonia Feathers made the arduous journey to Hodgeman county to visit the last resting place of her only daughter.
William Munny had long since disappeared with the children…
Some said to San Francisco where it was rumored he prospered in dry goods.
And there was nothing on the marker to explain to Mrs. Feathers why her only daughter had married a known thief and murderer, a man of notoriously vicious and intemperate disposition.
[Unforgiven]
で、つぎが日本語字幕版の字幕です。
数年後、長旅の末クローディアの母が一人娘の永眠の地を訪れたが、
父と子供たちの姿はなく・・・
西海岸で商売に成功したとのうわさを聞いた。
母にはどうして一人娘が酒浸りで残忍な札付きの悪党と結婚したかついに分からなかった。
「許されざる者」日本語字幕
最後に吹き替えでのナレーションがこれです。
数年後、フェザーズ夫人は苦しい長旅の末、一人娘クローディアの墓参りにやってきた。
ウィリアム マニーは、子供たちと姿を消したまま消息は知れない。
サンフランシスコで衣料品店を開き成功したといううわさもある。
フェザーズ夫人は娘の墓石を見つめながら考えていた。あの優しい一人娘がどうして、あの冷酷で残忍な札付きの人殺しと結婚したのだろうかと。
「許されざる者」吹き替え
やっぱりプロローグのときもちょっと思ったけど、吹き替えのやつくらいしっかり語ってほしいですね。字幕のは本当に最低限の事実だけ述べてる、ドライな文章です。
ところで、なんか自分は、最後のナレーションで、「マニーがその後雑貨を売る店を始めて成功したという・・・」みたいな風に聞いた記憶があるんですが・・・。
まだ他にもバージョンが存在しているのでしょうか。
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