

チェスタトンの「ドニントン事件」を読んでいきます。
これはブラウン神父ものだけど、ちょっと特殊である。

まず発表されたのは1914年。The Premier誌という雑誌に載った。
これはプレミア感がある、間違いない。

確かにそうとも言える。今作はなんと珍しいことに、ストーリーの前半を編集者のマックス・ペンバートンという人が書いて、後半をチェスタトンが書いているのだ。
ミステリだから、〈問題篇〉をペンバートン、〈解決篇〉をチェスタトンだな。

ページ数の割合もだいたい同じくらいずつ書いてそうだなこれ。
1914年といえば第一次世界大戦が始まった年やぞ。

またこの「ドニントン事件」はブラウン神父ものなんだけど、ちょっと手に入れにくい、だから読む機会が限られておる。
創元推理文庫とかちくま文庫とかで出されてるブラウン神父シリーズには収録されてないんよな。

集英社文庫で1997年に出版された「世界の名探偵コレクション」のブラウン神父の回のを入手できたので、これで読むことができました。
これは絶版だから手に入れずらいんよなぁ。中古のやつを探すとかしないとなぁ。

今あらためてチェスタトンの作品が新版で出たり、海外でブラウン神父ものがドラマ化されたりしているから、「ドニントン事件」も新たに入手できるようになったらいいね。
「ドニントン事件」。

これ前半を書いたマックス・ペンバートンも、その続きから後半をチェスタトンが書くっていうのもプレッシャーだったろうな。
自分の続きを書かれるわけだからなぁ。これは責任重大である。

しかも推理小説でこの試みをやるから、両者にとってそうとうな離れ技だったろうなこれ。
この試み、もっと評価されるべきなんだろうな。

後半〈解決篇〉を書くチェスタトンであるが、文体もちゃんとペンバートンから受け継いで書いてある。
これなんかは普通にすごい。ただペンバートンもできるだけチェスタトン風に雰囲気とか文体は寄せて書いてる気もするが。

それもあってか、純粋にチェスタトンの作品よりもあるいは読みやすいかもしれない。凝ってないから。まあ芸術性は劣ると思うが。
イギリスのサセックスのボローという土地、ここにドニントン家という一家が住んでおる。

ボロー・ドニントン卿というのが一家の主で准男爵という立場。であまり周囲の人々との交際というのは無い。
で、娘が2人いて、姉イーヴリン、妹ハリエット。で、あと息子、これがサウスビー。

で他に執事とか召使いがおります。
でこの土地に最近、教区牧師のコープという人がやってきていて、ドニントン家の娘の妹のほうハリエットと婚約していてまあ家族ぐるみの付き合いをしておる。

この牧師コープがこの小説の語り手となっていて、まあワトソン役みたいな感じだね。
このあと一家に起こった事件があって、解決できないから知り合いだったブラウン神父に助けを求める、という感じである。

これ読んでみると気づくんだけど、ストーリーがわりと分かりにくい。
推理小説だから、作者としては読者に謎を提示して挑戦するわけだけど、ペンバートンからすれば、後半を書くチェスタトンに対しても挑戦してるわけだからな。

なおかつ、事件が起こったことを受けて、牧師のコープが書いた覚書としての体裁をとってるんだけど、意外とこのコープ自身を疑いがちになってしまう模様。
それにその事件も、かつてあった事件と現在進行中の事件とがあってこれもストーリーをややこしくしている原因である。

自分は3回くらいは読み直した。うむ。
トリックというよりかは、人間性、性格と心理に重きを置いた作品だなこれ。

チェスタトンの作品って2回、3回読み直すとその都度表情を変えるというか。
推理小説だから真相をわかって読み返すとそりゃそうだと言われそうである。

もうちょっと複雑なんだよな。最初は知的な面で読み返すことになり、次読むと心理的とか感情的、チェスタトンなら倫理的というのかもしれないが。
おお、そういう異なった位相で読む感じはあるんよなぁ。

だから短編が多い作家だというのがちょうどいいかもな。再読にそこまでエネルギーを使わないので。
「ドニントン事件」、あえて言うとすると、ボルヘスがチェスタトン作品についていった、①謎の提示②悪夢的、魔術的解釈③現実的な答えというストーリーの流れの、②の要素がやや薄いかな、という感じである。

あの感覚はやっぱりチェスタトンが一人で書かないと生みだしにくいんだろうな。
チェスタトン「ドニントン事件」。孤立した一家に起こる痛ましい悲劇である。だがそこには犯罪の中にも人の美点をしっかり見ようとした神父が相変わらずいた。
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